偶然なる遭遇

催行 1999年6月5日 天候 晴れ
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箱根でちょっと遊んで来る

   我がGTSも長かったローンと2度目の車検を終えて、やっと自分の物になったような気がしているこの頃である。
今回はニフティのパティオのメンバーと初顔合わせをかねて、朝の箱根を楽しむことにする。
同行の篠崎氏は九州出身で転勤でこちらに来たばかりである。バイク歴は長いが関東のワインディングは、 ほとんど知らないと言う初心者状態である。横浜新道戸塚PAで集合したあと、簡単な事故紹介(違う自己紹介だ)
篠崎氏の好きなタイプは?と聞くと「狭くてクネクネが好きですね」との事。愛車GSF1200で狭くてクネクネを走らせたら、 あっという間に私とGTSは撃墜されてしまう・・・・と思いながらも、本日のコースを決めることにする。

本日のコース

クネクネがお好きと言うことと、10時には私が帰路につかなくてはいけないと言うことから
(同行の氏はその後、地図を片手に富士山へ向かうらしい)本日のコースは

横浜新道〜134号線〜西湘バイパス〜真鶴道路〜椿ライン〜芦ノ湖〜乙女峠〜長尾峠で解散
走行150キロ程度か?


と決定した。

梅雨前の椿を楽しむ

pic 3  早朝の比較的空いた道を西に向かって突き進む。ペースは標準。134号線で工事があって多少すり抜けをしたが、 それ以外は順調に西湘PAに到着。西湘PAから望む箱根の山は薄雲はかかっているものの、雨の心配は無いようだった。
 しばし休息のあと、ルートを再確認して(普通なら口頭で確認するだけだが、こちらの道を知らない同行者のため珍しく 地図で確認してしまった。箱根の地図を見るのは久しぶりだった)もっとも、篠崎氏のペースは十分に速いので、はぐれる 心配は無かったのだが・・・・
  お約束とおり、湯河原より椿ラインへと入る。途中旧オレンジラインを経由して温泉街をパスしようと思ったが、交差点を曲がり そこねて、温泉街経由となったことは同行の氏には内緒である。
  昨秋にここへ来た時はバイクにほとんど乗っていない状態だったこともあり、 滅茶苦茶なコーナーリングでSR400にぶち抜かれると言う醜態を演じてしまったが、ここのところ良くバイクに乗っている事も あって、今日は好調である。
  もっとも、気持ちは良いがペースはかなり遅かったであろう・・・同行のGSF氏も気持ちよさそうにコーナーを抜けてくるのが バックミラーで確認できる。GTSがぶち抜かれる日はすぐそこにあるのがアリアリとわかるライディングであった。

おぉ〜同じバイクが・・・

 椿ラインを登りきって大観山でしばしの休息をとる。残念ながら富士山は薄雲に隠れて見えなかった。
(富士山は美男子が来ると顔を隠すと言うが、私は良くここから見るので、タブン同行の氏が美男子だったのだろう。 
と日記には書いておこう・・・・)
pic 1 しばらく話をしていると、猛然と一台のバイクが突っ込んできた。よく見るとGTSである。バイクを降りるやいなや GTS氏は「いやぁ〜椿を下っていたらGTSが上がってきたのであわててUターンして追いかけてきました。」とおっしゃる。 登ってきた私は走るのがやっとで降りてきたGTSに気がつきもしなかったのだから、彼氏の注意力は相当の物である。   個人的に自分のGTS以外のGTSを見るのは数回目である。購入後6年間で数台にすれ違った経験しかないのだ。 同じバイクのオーナーと話をするなんて初めての経験である。 思わずうわずってしまった。

 しかも少しバイクを見ながら話をしていると、どうもこのバイクの事を知っているような気がする。そこで
「もしかしてぇ〜 GTSメーリングリストに参加されていませんかぁ〜?」
 と聞いてみた。すると
「はい参加しています。松原と申します。あなたは?」「平澤ですぅ〜」
となったのであった。
 まあ、大観山は有名どころであるからGTSに遭うのも不思議ではないが、会ったオーナーが文字だけではあるが 以前からの知り合いであった事にさらに驚いたのであった。
 しばらく談笑のあと、松原氏は椿ラインを再び降って伊豆方面へと消えていった。(あとで聞いた話ではその後もかなりの 距離を走ったらしい)我々は当初の計画通り長尾峠へ向かうことにした。

富士山を目指して

 芦ノ湖側のコンビニで朝食を調達したあと、湖畔で軽く腹ごしらえ。本日のラストステージ長尾峠へと入る。
クネクネの好きなGSF氏は私の後ろを楽しみながら走っている。長尾を一往復したところで予定よりちょっと早いが解散とした。
  私も246号で帰ることにして御殿場へ下る。246の交差点でGTSは右にGSFは左へと別れる。
朝方は優しかった日差しも強くなってきた。これから出かけるライダー多数とすれ違いながら、「あぁ〜もっとはしりてぇ〜」 と思いつつも今日のツーリングは終わりを告げた。


その後篠崎氏は富士山を一周後、利尻富士を目指して走り去ったと言う噂もあるが定かではない・・・(^^ゞ


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